若桜木虔メール通信添削講座 体験談 その31


老いたジョーの挑戦――松本清張賞、二次選考(ベスト10)を通過して 矢代正幸 さん

『あしたのジョー』になりたかった。全共闘運動が荒れ狂う時代の真っ只中で、矢吹丈のように、真っ白な灰となるまで闘争心を燃やし尽くしたかった――が、願いは叶わず、胸のくすぶりを、仕事への集中とギャンブル依存で騙し騙ししながら――、とうとう還暦を迎えてしまいました。

 仕事人としてそろそろ引退の時期が迫っています。「俺には、もう博打しか心を燃やせるものはねえのかよ」と友人に愚痴ったら、「お前は文章が書けるのだから、競馬小説でも書いて今までの損を取り戻せ」と、からかい半分のアドバイスを投げられ、ついついその気になったのが二年前。
(……でもなあ、100万部レベルのベストセラーでも出さなきゃ、損は回収できないんだけどな。)
 このように極めて不純な動機によって、生まれて初めての小説を書き上げました。積年の恨みを晴らす――競馬会の悪辣ぶりを暴き、奴らに大打撃を与えて大儲けを企むというミステリーです。『このミス大賞』に応募したところ一次選考通過。二次落ちの選評で「ギャンブル小説としてはよいが、ミステリーとしての骨格がなっていない」と酷評されました。

 これに懲りて、七面倒臭い小説書きなんか、さっさと止めてしまえばいいのですが――、一次通過が嬉しくて、友人たちに吹聴しまくったあげくの落選でしたので、もう引っ込みがつきません。日を追うごとに悔しさが募り、リベンジに血が滾ってきました。私にも、やっと『あしたのジョー』になるための戦いの場が見つけられたのです。

 前作の中途半端な結果がどうにも気に食わず、まずは改稿に取り組もうと思いました。そのためにはプロに添削してもらうのが手っ取り早い。さっそくインターネットで検索。若桜木先生の通信講座を知りました。

 ……ご、五千円かよ! お前が一レースにつぎ込む金額より安いじゃん。(すみません、先生。他の方の体験談にもあるように、私が食いついたのも、このお値段でした)
 手始めに、前作のあらすじをそのまま添削していただいたところ、「ミステリーとしてリアリティ無し、安直な筋立て、ありふれた登場人物、全てにおいて欠陥だらけ。一次選考通過は単なるラッキー」とケチョンケチョン。(実際の言葉はもっとずっと優しいんですが、要約すれば、そういう意味です)
 でも、その一つ一つに納得がいく説明がありましたので、逆らいようがありません。ここまで強烈なパンチを食らったら、いっそ痛快ですらあり、ちっぽけな自尊心などぶっ飛びます。清清しくまっさらな気持ちで弟子入りできました。老いたジョーにとっては――そう、『段平』さんとの出会いです。
 何度かの添削でプロットにOKが出ましたが、もはや前作の残骸はどこにもなく、まるで新しい物語に生まれ変わっていました。まさしく若桜木マジックです。

 いよいよ実作業となるわけですが、添削のタイミングは、こちらの望むやり方でよい、と言っていただきましたので、一旦、通信講座を中断し、自力で最終部まで初稿を書いた後に再受講。推敲した原稿を冒頭から順に添削していただく、というやり方で進めました。
 ちょうど仕事の手が空いた時期でしたので、朝から原稿を書き、夕方にメール送付――と、なんと翌朝には添削が返送されていますので修正作業――というように、私にとっては実に乗りの良いリズムで書き進められました。
「いつも夜遅くまですみません」とメールしたら、「夜遅くではなく、朝早くです」とのお返事。どうやら先生は超早起き、午前三時頃にはお目覚めのようです。(何でも真似してやれ、と私も早起きしてみましたが、これは失敗でした。)

 この間、約四十日で作品が仕上がりましたが――、いやあ、壮絶な日々でしたね。他の方も書いておられるように、我が段平師匠のスパーリングは、半端じゃなく厳しい。自信のパンチを繰り出してもボコボコに返されるんだから堪りません。どれもこれも的確なパンチを貰いますので、ノックアウト寸前――「立て、立て、立つんだ、ジョー!」と声を張り上げる段平(……という場面になるはずなのですが、先生はクールに添削してくれるだけで、励ましやお褒めの言葉なんか一切ありません。為念)

 会話の節々に、表情描写や刑事としての推理を入れろ、とのご指摘。こちらは会話のテンポが鈍るので嫌だと抵抗。でも、「そうしないと登場人物のキャラが立たない」と許してくれない。許してもらえないと次に進めないから、取り敢えず先生への原稿には書いておいて、後から消そうと姑息な手を考える。
 で、書いてみると――、驚きましたね、これが。「へえ、こいつってそういう奴だったんだ」と、作者さえもが気付いていなかった登場人物の性格が浮き彫りにされ、キャラ立ちしたうえに、作者を置いてけぼりにして勝手に動き始めるんですから。

 先生は、ほんの些細な事でも警察捜査の手抜かりを許してくれません。「警察の捜査はいかなる場合でも完璧。犯人は警察の手抜かりという偶然に頼ってはならず(つまり作者のご都合主義)、誤捜査させるなら、それだけのトリックを施さなければならない」と仰る。
 ――そうは言ったってさ、プロが書くミステリーだって、偶然頼みとしか言えない筋立てが多いじゃんか、とブツクサ呟きながらも先生に従う。
 物語の結末部分において、先生と意見が衝突しました。「いくつか張り巡らせた伏線が閉じていない。ラスト部での警察捜査にリアリティがない」とのご指摘。しかし、私はその終わらせ方に固執していたので、数日間、抵抗しました。
 正直、この時は、取り敢えず完結しているのだから、先生には黙ってそのまま応募しちゃえ、と考えました。で、これが最後と、ヤケクソ半分で先生案に従い書き直してみたところ――、あーあ、もう結果はわかりますよね。自分では想像もしていなかったほど鮮やかに着地を決められました。

 いま振り返れば、何か、物の怪にでも取り憑かれたような日々でした。こんなに心を熱くできるだけのエネルギーが俺にも残っていたんだ。――その時、私は、100%『あしたのジョー』になっていました。
 もう一つ、私にとっては嬉しい副産物がありました。実は――、齢六十にしてお恥ずかしい限りではありますが、私はたいへんな寂しがり屋なのです。いつも周りに人がいないと駄目。なのに、小説の執筆ほど孤独な作業はないじゃないですか。私が一番心配していたのは、自身がこの孤独に耐えられるか、いつ逃げ出すか――、大丈夫でした。先生とやり取りしている間は、孤独の魔手が忍び寄る隙もありゃしませんって、実際の話。
(忘れていたけど、副産物がもう一つ。その間、競馬もお休みとなりましたので、本来出すべき損を出さずに済みました。実に有難い話です)

 そんなこんなで、今回の作品では、先生によって穿り出された私の潜在能力を含め、120%の力が出せたと思います。この小説を書いたの、ほんとに俺?……読み返すたびに信じられない思いすらします。
 第19回松本清張賞に応募した結果、二次予選通過となりました(521作品中のベスト10)。プロでも二次落ち、最終落ちが当たり前のこのG1レースに、未勝利馬の分際で出走し、ここまで善戦できたのですから、まさしく有森裕子の気分です。
 受賞を逃してかえって良かったとも、今は思っています。名トレーナーあっての善戦であり、この程度の実力でへたに賞でも取ろうものなら、一発屋で終わるのは目に見えていますから。
 鍛錬に鍛錬を重ねるため――、本音では、先生と離れては物書きの孤独に耐える自信がまだないため――、この四月から、先生が講師をなさっているNHK文化センター町田教室に通い始めています。
 年老いたジョーの挑戦は、これからが本番です。
(本物のジョーだったら、ここで「必ず賞を取るぜ!」と高らかに宣言するところなんですが――、そこまでやったらカッコつけ過ぎだよね。)
 若桜木先生。次には『受賞体験談』が書けますよう、よろしくご指導のほどお願いいたします。

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