若桜木虔メール通信添削講座 体験談 その17

 松本清張賞、二度、二次選考を通過して
 『二次止まりを抜け出したいの叫び』  秋津野純さん

 若桜木先生の添削を受けようと決意したきっかけは「二次止まりを抜け出したい」でした。
 自分では、まともな小説を書いていたつもりでした。が、講座開始後、すぐに「ありゃあ、小説じゃない。小説みたいなものだった」と気付かされました。
「よくまあ、あの程度で二次を通過できたもんだ」と感心する始末。
 二次止まりだった、小説のようなもののプロット二つを送ると、すぐに「時代が間違っています」と返信をいただきました。

 現代小説では通用しない物語だったのです。時代小説に仕立て直しなさい、と仰るのです。
「時代小説を書いたらいいのに」とは、以前から言われていました。
「無理だよーん」とその度に、手をひらひらと振って、逃げていました。
 が、現代小説にしては古臭い作風と内容だなァと、自分でも違和感があったのです。
 早速、一つを大正・昭和初期に直しました。
 まあ、大正辺りは、つい最近のことですから、そう大した苦労はありません。
 ですが、もう一作が、大問題です。江戸時代ですってよ!

 私は、劇壇の歴史に、異様なほどの興味を持っています。役者の芸談を読むと、無性に血が騒ぎ、じっとしていられなくなります。
 芝居が好きで好きで、もう、どうしようもない。
 ですから、書くものも芸道小説一筋。とにかく、役者の生き様、引き際を書きたい!
 江戸時代の芝居といったら、歌舞伎です。
 江戸歌舞伎……知りません。
 歌舞伎観劇経験は、少ないながらもあります。が、真面目に観ていません。
 三味線のお兄さんが、感極まった顔付きで三味線を弾き鳴らし、ふっと腰を持ち上げる。
 あれは、乗っているように見せかけて、実は、足の痺れを解いているのです。杵屋某さんから聞いた話ですので、本当です。
 変なところばっかり注視して、嬉しがっている観客でした。
 けれど、問題は、江戸歌舞伎だけではありませんでした。時代考証という難物が立ちはだかっておりました。

 主人公を歩かせるだけで一苦労。
「これでは、主人公がどこを歩いているのか、さっぱり分かりません」
 添削された原稿に、書き加えられた一文です。
「はい。書いている私も、さーっぱり分かりません」とパソコンのディスプレイに向かって、頭を掻きました。
 江戸時代を書こうと思ったら、江戸時代の地図が必要だ!
 そんな常識に初めて気付く、体たらく。

 けれども、今は当たり前のように時代小説を書いています。もちろん、すらすらとはいきません。が、若桜木先生という心強い師匠がいます。
 第十七回の松本清張賞では、二次通過九作の中に潜り込み、第十八回も、同じく二次通過八作に滑り込みました。
 相変わらず、二次止まりです。猛烈に悔しいです。ああ、悔しい。もう、悔しい。キーッ。

 負けた悔しさではありません。力のない自分自身への苛立ちです。「敵は、自分の中にいる」です。
 が、講座を始める前の、小説のようなものとは違い、今は小説を書いています。
 私自身が嵌めた芸道の枠を、若桜木先生が、ぼそっと漏らす一言で外すこともできました。
 若桜木先生に出会えなかったら、今も、小説のようなものを書き続けていたでしょう。
 私なりの新境地を開く機会もなかったでしょう。
「つまり、人を書くんだな。小説は、芝居だ。芝居の役作りと一緒だ」
 最近、目覚めました。
 目覚めたら、起きて活動です。役作りです。必ず、形にして見せます。
 えい、えい、おーっ。

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