若桜木虔メール通信添削講座 体験談 その16


 『角川春樹小説賞一次選考通過の19作品に残って』在田基了さん

 受講する以前――、今から二年ほど前にさかのぼる。
 書き上げた作品を知己に見せて評を仰いだ。相手は大手新聞社で文化部デスク、論説委員の経歴を持つ。読んでもらうには最適だと思った。
 見せたその場で、冒頭に魅力がないと即座に指摘された。最初の四十枚を捨てて、読み手の興味をひく辺りから物語を始めればいいと言う。
 わずかな時間の中で、全文を通読してもらったわけではないが、そもそも自分でも懸念していたのは、導入部がもたついている点にあったので、冒頭を割愛するという指摘に納得できたのである。
 後日、助言のとおり冒頭を切り捨て、そこに含まれる主人公の情報などは、その後の文中に書き足して体裁を整えた。
 だが、そうして完成した作品を投稿したものの、予選すら通過しなかった。
 何が悪かったのか、原因が掴めなかった。
 それが若桜木氏の講座を受けようと決めた動機である。
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 手続きを終えて、さっそくテキストを送ると、またたく間に返信された。
 なにか送信時に不具合でもあったかと勘ぐり開いてみれば、やはり不良送信だった。
 ところどころが文字化けしていた……が、よくよく見れば、どれも指摘された「●」印だった。
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 なにより驚いたのは、以前、友人に助言を受けて削除した冒頭箇所を、割愛してはならない、と指摘された点だった。
 ざっくりと削り、冒頭から抽出した主人公の基礎情報や物語の伏線を、文中にうまくたらし込んだつもりだったが、そのことで「時系列の狂い」が生じたのである。
 作品はそれまで五回ほど書き直している。ばっさりと削除する以前(三回目に改稿したもの)を引っ張り出して再提出したところ、時系列の不具合を指摘されなくなった。
 つまり、最初に書いたままで良かったのだ。もちろん他にも多くの指摘があったが、なによりも時系列の狂いは致命的だと教えられた。
 この「時系列に沿って書く」のは、すでに若桜木氏の著作で知っていたが、私は「回想」を多用しないことだと勘違いしていた。そのため、センテンスにおいて、過去の説明、描写といった叙述に時系列の狂いが発生していたのだ。
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 編集者の推敲によって書き直しを余儀なくされるのは、新人作家だけではなく、実のところは著名な作家といえども何度も手を入れている事実を、編集者の回想録を読んでもわかる。
 作者一人の推敲では、おのずと限界がある。
 となれば、編集者の助言を得られない者は、それに代わる存在を身近なところから探すわけだが、読んでもらう相手を選ぶ際においても注意が必要である、と若桜木氏の著書『小説新人賞の傾向と対策』にある。
《定理31=小説の批評を鑑識眼のない人物に仰ぐべからず。百害あって一利なし》
 確かに、そう書かれている。だが、それでは「鑑識眼を持つ人物」とは、どういった者が適任なのだろうか。
 書くことをなりわいとする新聞記者の友人に推敲してもらったものの、どうやら、こと小説に関しては、不適当だったのである。
 断っておくが、友人に対しての不満や失望ではない。彼は、その新聞社において多分に実績を持ち、出世の具合を見ても、かなり優秀な人物なのである。
 だが、それほどの実績を持つ者ですら、「新人文学賞」を対象とする作品を判定することに適性がないとするならば、どうすればよいのか。
 若桜木氏は「鑑識眼を持つ人物」と簡単に触れているが、こうなると果たして、それに適う人間など、どこにいるのだろう。
 今回の受講で、「新人文学賞の選考」が、かなり特殊な要素を含む事情を教えていただいた。
 スケート競技を用いて説明すれば、分かり易いかもしれない。
 現在のフィギュア・スケートは、フリースタイルとショートプログラムの採点で競われる。
 だが、今から三〇年前のフィギュア・スケートではフリーとショートの前に、規定演技という競技があった。
 これは、コンパルソリーと呼ばれる審査で、「氷上にひかれた図形にそって滑るという課題を三回描く」という、ちょうど自動車教習所で正しくコースを周回するような地味な競技である。
 以前のフィギュア・スケートでは、このコンパルソリーがかなり重要とされており、フリースタイルに長けた選手が、最初の規定演技をうまくこなせず、入賞から外れる事例がよくあった。
 文学新人賞の選考過程における一次や二次予選といった最初の関門とフィギュア・スケートのコンパルソリーを重ねてみると、じつに審査のおもむきが似かよっている。
 実際のところ、現在、活躍する小説家の中には、予選を通過しなかった作品が、他の出版社によって見出されたという事例など、枚挙にいとまがない。
 これは作品を見逃したというより、予選の下読み審査において、機械的に減点数を加算しているためではないだろうか。
 となれば、新人賞において予選を通過するには、フリースタイルの規定にすらない「イナバウワー」を演ずる前に、まずは規定演技で瑕疵を減じる工夫が必要だろう。
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 ちなみに、こうした基礎的な注意事項に関しては、わざわざ受講せずとも、若桜木氏は自著において出し惜しみされることなく、開示されている。
 だが、いざ受講してみれば、(ケアレスミスは別にしても)細かい注意を多分に受けたのは前述のとおりである。大半が若桜木氏の本で、再三指摘されている注意事項であり、わざわざアンダーラインを引いたにも拘わらず、である。
 もちろん受講の内容は、すでに上梓された内容だけには留まらない。かなり驚いた工夫もあった。私自身はよかれと思い、出版されている小説から学んで書いたつもりだったが、逆にその書き方が駄目だと指摘されたのである。
 趣味の読書と、選者が仕事として読む行為は根底から違うというのだ。
 下読み選者による選抜は通常の読み方とは全く違うことを、まざまざと教えられたのである。
 そうした新人賞の規定の正否を問うつもりはない。主催する出版社が決めたことである。
 ただ、それを知らないまま、九割の作品が真っ先に落とされるのは事実だ。
 どれほど美しく「トリプル・アクセル」を跳ぼうとも、氷上のラインを踏み外してばかりでは、予選通過がおぼつかない。高速の「ビールマン・スピン」や華麗な「四回転」を審査されるのは、どうやら、それ以降なのだ。
 若桜木氏の講座は、ある意味では恐ろしいほどに「新人賞獲得」という目的に特化した指導である。
 仏教には「八万四千の法門」という言葉がある。
 悟りを開くなど、夥しい手段があるのだと、釈迦は喝破する。
 問題はどの「門」を叩けば良いのか、である。
 現在、若桜木氏に近道を示され、新たな作品に奮闘している。
 全く見事に知識ゼロの分野を書けと言われ、ずっと拒んでいたが、つい、書くと断言してしまった。酒を呑んで運転してはいけないのと同様に、酩酊して返事を送信することもよくない。いずれも予期せぬ事故に遭遇してしまうからだ。
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 数ヵ月を費やし、資料を探すものの、物語の舞台が地元ではないため、苦慮している。
 憶えが悪いうえに、元来は興味のない分野であるから当初は思うように頭に入らず戸惑っていた。
 結局、原始的な方法ではあるが、徹底的に資料を書き写している。専門用語を網羅した辞書をほとんど書き写した。それだけでも原稿用紙に換算すると八百枚にものぼる。資料の書き写しは全体で二千枚を優に越す膨大な枚数になった。
 貴重な時間を費やすことに、単調な書き写し作業に、幾度となく途方にくれた。
(本当に、この資料が必要なのか?)
(こんな資料が、いずれ役立つことがあるのか?)
(こんな内容に時間を費やすなら、ほかにもっと有意義な資料があるだろう)
 怠け心が、否定や懐疑を誘発するたびに手が止まる。
 だが、頼る知識がないうえに、発想力も乏しいとなれば、こうするより手がないのだ。
 場面展開を空想した際に、細部まで如実に思い浮かべながら、書き綴るのを取捨選択するといった極めて徒労の多い書き方をしているのが、そもそもの原因である。
 衒学的で難解な作品に仕上げるつもりなど毛頭ないが、まずは、そうまでして詰め込まなければ、設定した舞台の空気感に浸れない。
 だが、やがて、うまくその世界に浸れるほど知識を満たせば、意外なストーリーを思いつけると信じている。要するに、作品に必要な知識を十全に熟知さえすれば、(スティーヴ・キングが言うところの)「気まぐれな文章の女神」がいきなり降臨してくれるのだ。
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 そんな資料収集と写経のような書き写しに没頭する日々であるが、プロットやエピソードを併行して書いていると、往々にして本編とは全く関係のないエピソードが思い浮かぶ。一種の副作用である。しかもそれらは、いずれも面白そうな挿話なのだ。
 この現象は空想力が増すほど多発し、本来書くべき物語からどんどん逸脱してしまう。
 このことは以前より朧気ながら感じていたのだが、はっきりと自覚したのは受講している時だった。厄介な幻想に悩むほど蓄積しなければ、どうしても面白いものが描けない体質だったのだ。
 今は遅々として進まぬ課題作品の傍らに、いくつものエピソードが山積みとなっている状態である。
『専門知識ゼロから一週間で五百枚を書き上げる秘策』なる本が早く上梓されることを切に願っている。
 加藤廣氏が『信長の棺』となる元原稿を五千枚用意して「ビッグタイトル狙い」組に編入したと述懐されている。
 かたや、私が受講した際に用意した元原稿は、わずか九百枚余りでしかない。質量ともに届かないのでは、「てにをは指南」組からのスタートも、やむを得ないだろう。
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 感想と称しながら、結局グチになってしまったが、こんな程度の思考能力と、こんな程度の文章力でさえも、予選落ちする程度の作品を持ちあわせていれば、一カ月の手習いで、4%のふるいに充分に残れたのだ。
 但し、甘い誘いにうっかり乗ると、大変な目に遭うという経緯も書いたのは余分だった。この後も指導を受ける身であるというのに。
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 最終選考の発表を待つ間、気掛かりなことがあった。
 調べてみれば、予選を通過した中には、すでにデビューしていた作家が二名ほど混じっていた。
 だが、危惧したのは、そんな二名ではない。
 私以外にも若桜木門徒が潜んでいたのだ。
 私のような「てにをは指南」組にとっては、売れない作家よりも、未知数を含んだ同門の存在の方こそ、脅威に感じた。

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